ピアノのユニゾンはまるでピアノの欠点のオンパレードのように私には聴こえてしまいます。なので表現が悪くてもご容赦ください。
3大ピアノ プロジェクト PIANO三重弾!PartVIII
ピアノメーカーの違いによる音色の違いを知るべく「3大ピアノ プロジェクト PIANO三重弾!PartVIII」というコンサートに行ってきました。
このコンサートは事前に販売されたCDのガラコンサートの位置づけでの開催ですが、そもそも定例化され毎年開催されているコンサートのようでした。
CDでは三台のピアノを左右に振り分け各ピアノの音色を楽しめるように配慮されていたのですが、コンサートのほうは左右ではなく前後に一列に配置されたいました。
そして演奏される演目はどちらも賑やか系のものばかり。
CDはともかく、コンサートの生演奏ではなぜピアノを左右に振り分けず、そして演目はにぎやかなものばかりなのでしょうか?
それには深いわけがあります。
ピアノという楽器はそもそもユニゾンに向いていないからです。
ヴァイオリンなどのユニゾンはソロよりも複数であればあるほど心地よく響くのに対し、ピアノのそれは心地よいどころか心もとなくおぞましい響きになりかねないのです。特に生演奏の場合はいつ爆発するかわからない地雷のようなもの。
な、理由を説明します。
ハース効果
人間の耳は実際に聞こえている音声に対し都合よく補正してしまう現象がいくつかあります。その中の「ハース効果」という現象は、異なる箇所でなっている音を、あたかも一か所から鳴っているように感じてしまう現象です。ヘッドホンでステレオ音声を聴いたときに音像が定位することの理由(説明)となります。
ハース効果における0.033秒
ここで例として具体的に0.033秒という数字を取り上げてこのハース効果の実際を説明してみます。
右と左で全く同じ音のするスピーカーを人間(人)の両側に均等に、たとえば5M の距離に置いてその音を聴いた場合、音像の定位はスピーカーの真ん中、すなわち聴いている人の頭の中に定位しているように感じます(感じたとします)。
次にこの左右の間隔を左が1m、右に11mの距離に置きます。この時の左右の距離の差は10m。そして音量差は左の約半分になります。この時の定位は左側になり、右側から聞こえる音声は残響として感じられるようになります。そして、右のスピーカーの音圧を左と同じくらいにそろえたとしてもこの音像の定位は変わらず左側のままで残響具合の変化と感じられます(音量的には2倍以上)。この時に左右の耳に音声が届く時間差は音速を340m/sとすると0.033秒差となります。
実はこのハース効果がピアノにとってのおぞまし源の一因となっているのです。
先に届いた音のみを発生源として人間の耳(脳)が処理してしまうからです。同じ音程や音色の音は両方からではなくどちらか一方からなっていると無理やり処理させて錯覚させてしまうわけです。
さらにピアノはアタックが強いという特徴もあるので、その弱みも浮上してきます。
刷り込み効果
新生児が初めて見たものを親だと思う静物の仕組みを「刷り込み」といいますね。生物が生き残るために生存本能として備わっている機能で短時間で学習できる利点があります。これと同じことが音楽でも起こります。早く鳴ったもの勝ちで、その音が曲の中でメロディーやリズムの基音になったり曲の印象までコントロールされてしまいます。
この効果の影響で、通常であれば奏者の意のままになる音楽的な刷り込み(リズムや強弱やタイミング操作など)が、ピアノの調整(整音)がうまく整っていない時には思わぬところでその刷り込みが崩されてしまいます。ピアノによって曲のイメージが刷り込まれてしまうのです。
目で見る楽器の音
手元に『目で見る楽器の音』という書籍があります。この書籍では色々な楽器とりあえずクラシックで利用されている楽器全ての音声を目に見える形で紹介しています。音声の波形を計測する装置で、様々な楽器の音声を楽器の音域を含めて計測しています。各楽器の、アタック、デュケイ、エンベロープ、位相、音量、ピッチなどの項目で計測しています。同じ条件での計測なので各楽器の特性を知るだけでなく、楽器間の違いも正確に把握できるので大変貴重な書籍です。
ピアノについては以下のように8Pにわたって解説されています。
このデータを収録したピアノはスタインウェイです。可能であれば他メーカーのデータと比較してみるとメーカーによる音色の違いや特徴が浮き彫りにできるかもしれません。
そして肝心のアタックとデュケイのグラフです。
上図はドの音の8オクターブの音量エンベロープの図です。図からわかるのはアタックとデュケイ(遅延)、そしてリリースの発声音量です。
この音声が打鍵してから発声するまでに0.0089秒から0.0853秒、平均では0.035秒ぐらいの遅延が発生しているとのことですが、問題はこの遅延の精度です。図を見る限り、高音域と低音域での特性がたとえあったとしても、ばらつきがあるということです。
大した差ではないとお考えでしょうが、たとえ0.0033秒だとしても人間の耳はそれを聴き分ける能力があります。リズム的な前ノリ、後ろノリ、とかジャストタイムとか。
ここで先の0.033秒の10メートルの距離差の話を持ち出しますと、たとえ0.0033秒だとしても1mの距離差があることになります。
これがユニゾンがおぞましい結果になることの一因です。
左右に置かれたピアノで正確にユニゾンを奏でたとしても、この発声の遅延のばらつきにより音像は中央に定位しないばかりか場合によっては左右を行ったり来たりしかねません、それも一音毎にばらばらにふるまうのです。
スタジオ録音であればリハーサルを重ねることで何とかなるとしても、コンサートでの生演奏では始まってみるまでどうなるか分からないかもしれないのです。
これではとてもピアノを左右には振り分けられません。なので先の公演で前後に並べるのは妥当な配置といえます。
弦楽器でそれが起きないのはアタックがない(弱い)からです。
このように、2台のピアノを距離を置いて設置しての連弾は、調律・整音の状態により非常にハイリスクな選択となります。演奏者はともかく、聴く側にストレスを与えてしまうかもしれません。幸いクラシックにはこのような配置を強制するような楽曲はあまりないと思うので気にする必要はないと思います。問題は通常ではない、イベントとしてこのような配置をとらなければならない時です。演奏者は自身の音声を聞き取りにくいからなのか、あるいは共演者とのバトルモードに突入してしまうのか、どうしても演奏がラフになり、ただでさえ倍の音量なことも手伝い、予想以上にうるさい演奏になってしまいます。自身の音が聞こえない時には自然とアタックを強くしたがりますし、バランスもタイミングもおろそかになりがちです。ますます聞き手不在の演奏に突き進むうえに、件の定位のフライパン!(定位が右に左に飛び回ること)。
そこで登場するのが電子ピアノ!
電子楽器 vs. 生ピアノ
これらの、ハース効果や刷り込み効果は、発声の仕組みが均一で、したがって発声そのものも均一である電子楽器ではマイナスにはなりません。たとえこれらの効果が表れたとしてもそれは奏者の手によって生み出された個性であり、必要であれば修正できるようなことだからです。
では生ピアノの、この整音の個体差による発声のばらつきは一体全体、普段聴いている演奏にどのくらい影響をもたらしているのでしょうか?気になりますね。
(私見ですが)ピアニストはこのピアノの個体差を瞬時に聞き分け、実際の演奏時に微妙に指のタッチを変えているのだと思います。
例えば先の三重弾では、頻繁に演奏するピアノを入れ替え、そしてろくに自身の演奏の音も聞こえないような環境で演奏された結果、私には演奏の全体イメージはB(シの音)でした。これは通常は楽器の共鳴によるものですが、多少なりとも刷り込みが混じっていたかもしれません。多分このようなことはスタジオ録音や、入念にリハーサル(試弾)を重ねていればこのイメージは発生しなかったかもしれないでしょう。
それよりも、先に話した取り、このような配置が発生するのは、格式ばった楽曲やコンサートではなくもう少し砕けたイベントだったりするもの。であれば生ピアノではなく電子ピアノで代用するという手が浮上してきます。
電子ピアノであれば、今回の発生タイミングやそもそもの調律も気にしないで済み、場合によってはモニタリングの問題も解決してしまいます。そしてもしも可能であればアタックを抑えることでピアノの致命的欠点である位相的な崩壊も目立たなくなります。
そして、電子楽器がNGなのであれば、わざわざ2台用意するのではなく1台で連弾した方がはるかに心地よい音楽になることでしょう。
調律師 vs. 計測器
以前は職人技としてベールに包まれていた調律師の手腕ですが、この神業を逐一データに残していけば、ピアニストの求める音色や、楽曲全体の中の位置づけのコントロール、あるいは調性のコントロールまで正確に解析・設定することができるようになることでしょう。ここまでできれば日本製の楽器の精度の高さがピアニストに寄り添える楽器として優位性が高くなるように思います。出来ればFAZIOLIの音を100万ぐらいのベビーグランドでお願いします。
ピアノの録音方法への影響
今回は2台のピアノでの影響について説明してきましたが、実はこのことは1台のピアノでも同様に起こっている現象です。演奏を聴くだけなら現状を受け入れるだけのことですが、ことその演奏を録音しようとしたとたんに有名な位相の破綻が起こってしまいます。要は「たいていの場合どこかに不満が残る」ってやつです。その理由の一端は今回ここで説明した事象によるものです。
そこで提案なのですが、本当にピアノの録音に2本のマイクが必要か?ということです。
破綻する理由はこの複数のマイクによる録音によるものです。これを1本のマイクで済ませることができたら位相の問題は解決(減少)します。あるいはマイク間の距離をピアノの複数の音源の距離の影響を受けない形にセッティングして同様の結果は得られないか?ということです。首尾よく1本でバランスの良いポジションを見つけられたらラッキーです。あとは適当に適当な本数で残響を収録するだけです。
まじめな話、今回の目的に限らず、部屋の壁に限らず隅っこという隅っこ全てにマイクを突き付けて収録してみることをお勧めします。修正可能な素直な音が取れるかもしれませんよ。
以上
ピアノのユニゾンはなぜおぞましいのか【目で見るピアノの音】
でした
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