ピアノの基準の音 ニューヨーク・スタインウェイ≪CD75≫を聞いて
ホロビッツの愛した、ニューヨーク・スタインウェイ≪CD75≫の、その音色の秘密を解析してみます。※1
会場はタカギ・クラヴィア松濤ホール、席は座席の右側中央で、
奏者の手元も、お顔もよく見えないくらいでしたが、大屋根ははっきりと見える位置です。
ピアノの音色を判断するにはほぼ理想的です。
この狭さなら壁側の席でもほとんど影響がないでしょう。
前知識なしで約二時間の演奏を聴いての感想です。
事前にピアノを間近で見ることもしていません
(一部と二部の休憩時間に拝見させてもらいました)。
第一部を聴いてみての感想はというと、
思った通り、ソリッドでストレートで癖がありませんでした。
というより自分の好きな音でした。
弦の音がくっきりと聞こえるピアノです。
もちろん弦だけではこの音は出ないのでフレーム周りの金属も含めての音です。
全体的に余計な反響や雑音や変なピークがないこの音色は、堅牢なボディの賜物によるものと思われます。
ガッチリとしたボディとフレームの上で、音が真っ直ぐ放射されているように感じられました。
これなら調律師の思うままの音色と、ウネリが出せることでしょう。
特筆すべきは底面への音の放射がなく、いわゆる豊かな、もわ~とした下方から広がる低音が出ていないことです。
おそらく、底面の材質か構造により下方に音を漏らさないようなポリシーで作られているのではないかと感じました。
そして通常のピアノではただのウネリとなる複数弦のピッチの違い※2も、
ウネリではなくダイナミックレンジに貢献しているような効果を感じました。
通常のピアノよりダイナミックレンジが広いと言われており、実際にそう感じましたが、物理的にはそう音量差はないのではないでしょうか?※3
これなら奏者は、自身の弾いた演奏がとても明確にモニターできることでしょう。
ホロビッツは、客席で聴くようなクオリティで、自分自身の演奏も聴きたかったのではないでしょうか。
ホロビッツにとってこのピアノは、
自らの演奏を決して客席で聴くのと同等に聴くことができないといういわゆる演奏者のジレンマへの、これ以上ないプレゼントだったのではないでしょうか。
加えて、演奏者が自身の演奏の上達のため、あるいは自身の表現したい演奏のため、あるいは心地よい演奏のため、あるいは試練を与えてくれるためにも、クリアな音質に越したことはないでしょう。
そしてそれを自身の手元に置き、気のおける調律師にタッチの調整と、整音と、自身の望む音色に調律してもらえれば至高の極みでしょう。
それは調律師にとっても同様でしょう。
自らの実力をいかんなく発揮でき、奏者の希望する音質やタッチに仕上げられるピアノは最高の武器にも友にもなると思うからです。
余計な箱鳴りや強度のないピアノなどごめんなはずです。
一部が終わり、いよいよ間近で拝見させてもらうことができました。
と、ここで深刻な問題が。
私も連れも、ピアノ構造どころか、そもそもしげしげとピアノを見たことがないのでした。
見ても違いが判らないのです。
後で大恥をかくのを覚悟で、思った通りを書いてみます。
最初に確認したのが底の部分。
思った通り頑丈にできていました。
そしてボディもフレームも、これでもか、というぐらい頑丈そうでした。
塗装も光沢のあるピアノブラックではなく艶消しです。
肝心のタッチについては連れ曰く「三分の二ほどがフリーでそこからアクションが始まる感じで三分の二まではとても軽かった」とのこと。三分の一のストロークで済むので素早いパッセージが行いやすいような目的のセッティングなのでしょうか。
これが調律師のマジックなのでしょう。
如何に奏者の希望をかなえつつ均一に仕上げるか。
あるいはここの調整のしやすさと安定度が名器たるゆえんなのでしょう。
実は、この少ないストロークで済むことの一番の恩恵は、繊細なピアニシモ(pp)を表現できることです。
これにより、この名器の特徴であるダイナミックレンジの広さが、フォルテシモ(ff)のダイナミックさだけではなく、繊細なピアニシモ(pp)により、よりその特徴が際立つのです。
同じレンジで広いレンジを感じさせるためにはピアニシモこそ重要で、ピアニシモのときに如何に人を魅了し、集中させるかで結果が大きく開きます。
ここが一番の特徴なのかもしれません。
調律的にはフォルテシモで位相差(ウネリ)のないチューニング、ピアニシモで位相差を持たせたウネリで人を魅了させているのでしょう。
もちろん、ボディやフレームなどピアノ全体が、その音色をより際立たせるのに一役も二役もかっていることでしょう。
光沢というかクリア塗装は、YAMAHAみたいな癖のある音になりやすいので常々やめてほしいと思っていたので、この艶なし塗装はご機嫌です。
艶消しの鍵盤(象牙?)も、汗かきな人の演奏でも、何となく安心して聞けそうな感じがしてグッドですね。
これほど頑丈なつくりなのに変な偏りがないのが名器たる所以なのでしょう。
その秘密にかなりのパーセントで関与しているであろう、にかわについてのうんちくを聞いてみたくなりました。
実際にピアノを間近で見ても、見たうえでの二部の演奏を聴いてもその最初の感想の修正をしなくて済んだのでほっとしています。
メーカーから届いたピアノをそのまま演奏することはないコンサートピアノ。
今回聴くことができたピアノの演奏は、もはやメーカーの音ではなく、調律師の創りだした音といえるでしょう。
調律師はメーカー独自の音質やポリシーを熟知したうえで、改めてタッチにしろ音質にしろ確認と調整作業を行います。
調律師は調律だけではなく、ピアノそのもののコンディションの維持から演奏や音質に関わる部分の調整までおおよそすべての面倒を見るのです。
公に調律師の好みを打ち出すことはないにしても、オーナーや演奏者の希望を伺い、ベストな状態に仕上げる、そのさじ加減は調律師の手の中です。
今回、その調律師が、自らが知り尽くした会場で、名器といわえるピアノを納得の行く状態まで整音、調律し、期待の若手に演奏の機会を与えたリサイタル。
もはや誰のリサイタルだかわからないくらい、「この音を聞け」的な。
果たして今回、鳴り響いていた演奏のそれぞれの満足度はどのくらいだったのでしょうか
ピアノは自分の音が出ていたのでしょうか。
調律師は出したい音が出せたのでしょうか。
奏者は、気持よかったでしょうか。
ぜひとも三者に聞いてみたいものです。
松濤ホールには機会があればまたうかがうことになるでしょう。
できれば今回購入することができなかった江口玲さんがいいですね。
高城氏は司会を務め、休憩中も気軽に応答されていたのですが、直接お話は伺いませんでした。
伺ってしまったらこのような勝手な思い込みな記事を書くなどという暴挙ができなくなってしまうからです。
暴挙ついでに、普通のピアノで、「≪CD75≫みたいな音を出す&録音をする」について書いてみます。
因みに、当方は今や完全にピアノや録音に縁のない普通のサラリーマンなので100%妄想です。
試しも、実録もできないので、公言どおりになるかの保証はゼロです。
それでは。
ピアノの基準の音 ニューヨーク・スタインウェイ≪CD75≫を聞く
ピアノの基準の音 ニューヨーク・スタインウェイ≪CD75≫を聞いて
ピアノの基準の音 ニューヨーク・スタインウェイ≪CD75≫風
※1
といっても自分が知らないだけです
※2
ピッチの、用語の定義が異なっていたらすいません。
弦長の異なる弦で、同じ音を発音させることをいいたくて使ってます。
※3
これは同時に録音した音声を聞いてみないとわかりません