2018年12月3日,5日にオペラシティで催されたHilary Hahnのバイオリンリサイタルのレビューです。
女神降臨
見方によってはバイオリンのネックのようにも見えるドレス、そしてそこから広がる五線譜ならぬ十七線譜!
そこに、おもむろにヒラリーの手によりト音記号が書き込まれたのでした。
☆旦那枠
演奏そのものの賛辞は専門家が適切に紹介してくれると思うのでここでは別の視線で。
ヒラリーにとっても一大イベントだったと思われるバッハの無伴奏「ソナタ&パルティータ全曲演奏」!めでたく終演しました。
加えて今年めでたく2児の母親となったヒラリーならではのプロジェクトとして3日と5日の間に20組限定で0歳児を持つ親子のためのロビー・コンサートも行われたようです(instgramで演奏のさわりを聞けます)。
BYOB(aby) とは飲み物持参(Bring Your Own=気軽な集い)と赤ちゃんを掛け合わせた造語のようで、BYOプロジェクトは各国で音楽だけでなく様々なジャンルでおこなわれているようです。
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そんな母なるヒラリー、バッハ演奏では必ず「女神降臨」なされるわけですが今回はどうだったでしょうか?
ヒラリーハーンの女神降臨分布マップ
突然ですが、私はヒラリーの奏でるバイオリンの音は好きではありません。 世間でも言われている高音がうるさいとかもそうですが、単なる「鉄の単線が嫌い」ということにつきます。
気にならない人は気にならないのでしょうが、プレーンの鉄の音を知っている働く男衆には、もはや工事現場で聞かされる鉄の音に近いものがあり、とても美音と呼べる類のものではなくなってしまいます。
同様にストラディヴァリウスの触れただけで発するあの音は、若いころにラジコンの飛行機とかを作ったことのある男衆には、もはやバルサの音でしかなかったりします。
とはいえ、ガット弦ではヒラリーの魅力は表現しきれないとも思っています。
ヒラリーの使用楽器はwikiによると「1864 J.B. Vuillaume (Il Cannone Guarneri reproduction)」となっています。
加えて、12月5日につれが仕入れてきた情報によると「赤いほうだったら、それはクライスラーの使っていたバイオリンを譲り受けた物」ということです。
曰く、暗めの音で美音ではなく鼻音が特徴とかで、それは製作者のフランス国籍による違いだとか…
その怪しい情報源は、2006年5月にみなとみらいで行われた諏訪内晶子のコンサートにおいて、 病欠のためのピンチヒッターとしてほとんど無名のアウェー状態で登場したにもかかわらず、 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、第二楽章で3分近くカデンツァを弾きまくったというヒラリーハーンの伝説の公演、 そのきっかけを作った張本人の諏訪内晶子の同級生によるものです。(ちゃんとしたプロの方です。)
(ただ、クライスラーってストラディヴァリウスはもちろんのことグランチーノ、ガリアーノ、ガァルネリウス、ヴィヨームと多岐にわたっているので結局どれのことだか…分かったのは2挺以上所有しているということですね。)
クライスラーの影響があるとしたら「大ホールでストラディヴァリは不適切」を支持するであろうから、より近代楽器のうるさい系になってしまうのもいたしかたないことでしょう。
というわけで、私が感じ入るヒラリーの魅力は、その楽器の特長を活かした、弱音コントロールにあると思っています(明らかに楽器の発するレンジが広いです)。
それも単なる強弱ということだけではなく、バイオリンではあまり触れられていない「減衰音」にあると思っています。
減衰の仕方までボーイングでコントロールしているのに加え、鼻息のようなボーイングノイズと指の運指によるタッピングノイズにまで神経が行き届いているので驚きのレンジと澄んだ音色を生み出しています。(一般的な演奏者の音声はかなり雑音交じりということで、例えばボーイングノイズを聴きたければアルバム評価の高いイザベルファウストの無伴奏、タッピングノイズはMIDORIさんが…)
音程変化のないノイズが省かれることでより済んだ音色になるし、特に無伴奏で用いられる重音ではより効果があることでしょう。そんなこんなで、バイオリンを押し付ける音楽から惹きつける音楽に昇華させることに成功しています。
そしてそこに神が下りてくるのです。
ただし神はいつだって不公平で、運悪く良席を手に入れることのできなかった「選ばれざる者たち」には神の気まぐれが降臨していました。
その、「降臨」具合ですが、ピンとこないと思いますので解りやすい例からご紹介します。
オペラシティの一階席を前後で2分割した場合の後ろ側ブロックの前列側。 ここが今回の降臨具合の境目となっていました。
この位置では、ヒラリーの立ち位置と演奏時のバイオリンの傾け具合でステージ上方に吊り下げられた反射板にヒットしたりヒットしなかったりしていました。 反射板にヒットすると観衆にも認識しやすい形で明確な時間差の反射音が追いかけてきます。
この効果であたかも降ってきたように感じられます。
そんなことかとお思いでしょう? ところがこれには副次的な効果があります。
反射板にヒットした場合には明らかに音量の増加が伴います。
単純に音量がアップするわけですが、実はそこにもからくりが。
人間の耳は自分の都合の良いように音量や指向性など様々なコントロールを行っています。
頭の中、脳内にミキサー卓や様々なエフェクターが組み込まれているような感じです。
で、その結果、反射による音量増加は、単純に音量が増加されたと認知もするのですが、同時に音量の均一化も行われています。 ゲインコントロールやらコンプレッサーやらエキサイターが発動するわけです。
そして、その結果副次的に神が降りてきます。
それは…客観的にはグランドノイズの減少という、演奏とは関係のない次元のものです。
オペラシティは空調などのグランドノイズが結構うるさいです。
人間の耳はこれを見事にフィルターしまるでなかったもののようにふるまっていますが、実際には常時フィルターしているわけです。
人間の耳(脳?)は機械ではないので一旦設定すればあとは何もしなくてよい!という物ではありません。 働き続けるわけです。 このノイズが、演奏の音量が上がることで相対に抑えられるのです。 このことで女神降臨に拍車がかかります。
あたかも光が差し込むような効果を得られるのです。
幸せにどっぷりつかっている方々にではなく、酸いも甘いも含まれた緩急のある状態にこそ、よりたくさん降り注ぐというからくりです。
特に観客席に届くバイオリンの音量は結構小さく、脳内増幅が大きい部類だと思うので、このグランドノイズの影響を無視することはできず、フィルターはきっと人体にかなりのストレスを生んでいるはずです。
特にヒラリーハーンが起こす奇跡の静寂は、観客に「やればできるじゃん」ということを思い知らせます。
観客が静まり返れば決るほどノイズがハッキリと浮かび上がらせることに成功しています(悲惨です)。
空調のない教会などと比べるとその差は一聴瞭然の差があり神の降臨度には天と地の差があると思います。
なので、均一なノイズよりも要所要所で差分が生まれる後ろブロック前側席にこそ、沢山光が降り注いでいたのでは?と想像されます。
実際には観客のノイズも悪影響を及ぼします。
今回は1夜目に比べ2夜目のほうが客層が悪いように思えました(騒がしかったです)。
一夜目の登場のだいぶ前からのひっそり感(期待感)は半端なかったです。
そのようなわけで観客席の違いによって上記のような特性があり、その結果降臨分布図が存在してくるような次第です。
その視線でいくつか例を挙げると
オペラシティの一階前列席はこの反射板の反響は、演奏時のヒラリーの動きにはさほど影響を受けないと思います。 ただし、降臨度で言えば均等に降り注ぎこそすれハッとするような事態は起こらないかもしれません。
いつもお勧めする2階、3階席はこの反射板の効果はほとんどないと言え、そういう意味では全然降臨しません。 ただし、2階、3階席はグランドノイズが少なくさらに観客のノイズも少な目、直接音の割合が多いので降り注ぐ感は少ないのですが入り込みやすさはピカイチだ思います。
みなとみらいはそういう意味ではグランドノイズが少なめに感じられ、反射音も均等ですが、ここの場合均等に減少していくことで吸い込まれ感を感じることができます。
左右の2階席3階席でも残響感は得られるように思います。
そういう意味でみなとみらいは全席が降臨席と言えるのではないでしょうか 。
サントリーホールは…できればここでバイオリンリサイタルはやってほしくないくらいにノーコメント ということで!
今回は1階前ブロックが特等席ではあるのですが、1階の後ろブロック席の前列側には特別な神が降臨していたようだというまとめです。
アルバムと比べて
20年待ちわびた割にアルバムには好印象を持てませんでした。
ライブの演奏を聴いてしまうとなおさらアルバムの出来が残念に思えてきます。
確かに良録音かもしれませんが、ヒラリーの持ち味を発揮させている録音かと言えば逆に台無しにしているように思われました。 これでは押しつけ過ぎでうるさいです。緩急も生かされていないように思われました。
今回、全曲ではなかったので、今後残りの曲もリリースされるような噂があったとしても、やめたほうが良いように思います。 20年ぶりにアルバムリリースされた残りの「Plays Bach」よりもデビューアルバムに私は一票なのですが、これはヒラリーに何を求めているのかで評価が違うのでしょうね。
私にはなんか一般平民にも差し伸べられていた救いの手が、次元が高すぎてもはや手が届かないところに行ってしまったような感じられます。 あまり繰り返し聴く気にはなれていません。
割といい加減な録音のSONY版のほうがヒラリーの魅力を感じやすいという皮肉。
足踏み?
今回プログラムでの演目の日本語表記が面白かったです。
スペイン表記のようでイタリアからヨーロッパに渡る際にサラバンダはサラバンド、チャコーナはシャコンヌとして定着したようです。他にもパバーナがパバーヌ、などがあるようです。
今回のリサイタルでの演奏中の振りやステップは以前には深く認識していなかった古典舞踏などへの造詣の賜物なのでしょうか?
きっと独特な合いの手とかがあるんでしょうね。
弾き振り?の賛否はともかく、楽曲をより正しい方向に導いてくれたように思えます。
公演タイトル |
新時代のヴァイオリンの女王が満を持して贈るバッハの世界
ヒラリー・ハーン バッハ無伴奏を弾く<ソナタ&パルティータ全曲演奏会> |
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公演日時 | 2016年12月3日 5日 開演19:00 |
会場 | 東京オペラシティ コンサートホール |
出演 | ヒラリー・ハーン Hilary Hahn (ヴァイオリン, Violin) |
演目 |
12月3日(月)19:00開演
アンコール 12月5日(水)19:00開演
アンコール |
オマケ: TowsetViolinのYoutubeに出演して倍速で弾いたり、左右入れ替えて右手で運指、左手でボーイングで弾いたりしています。